みやころぐ

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野村克也の格言は先に言いたいことが決まっている出来レース

野村克也を知ってるだろうか。野球をやっている人なら知っていると思うけれど、日本野球界のご意見番みたいな人だ。

他にご意見番といえば、サンデーモーニングで毎週喝を入れている3000本安打老害こと張本勲さんなどがいるけれど、ここで紹介する野村克也氏は、強打の捕手でID野球の生みの親で古田敦也の育て親であり、カツノリのコネの元だ。

 

 

この野村克也氏だけれど、引退してからも監督業などを務めて忙しそうにしていて、何より我々の目に触れるのは本屋で売られている自己啓発本のような何かだ。

野村氏は引退してからもその捕手という経験を生かして何十冊も本を書き、若手へのアドバイスをしているけれど、もう物忘れが始まっているのか、それともゴーストライターが書きやすいネタを何回も使いまわしているのかは分からないが、同じ内容がこれでもかというほど違う本に頻出してくる。

まるで同じ試験の対策本を年度だけ変えて何冊も発行しているかのような感じ。

 

で、その本は役に立つといえば役に立つのだけれど、中身は自分の言いたい名言がまず存在していて、それに自分の体験をうまく切り貼りして合わせていくという風になっている。

つまり以下のようになっている。

まず何か含蓄のありそうな格言を思いつく→その格言が適用できる場面を記憶から抜き出してまとめる→本にして世に広める

 

 

つまり、演繹法というわけ。一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得ている。

先に言いたいことが頭の中で作られて、事実は発言を後から追いかけて補強される。年を召されている方にはこういう考え方をする人がとても多い。

 

野村克也氏の格言はこうしてつくられる。もちろんためになるものも多い。でも野村克也氏の格言の弱点として、事実を見て格言を生み出すのではなく、自分の頭の中の思想から格言が作られるので、精神論的な格言しかない。

だから野球選手の言葉にもかかわらず、なぜか野球の技術書というよりはビジネスマンの自己啓発書として出版されることが多い。恵まれない境遇でも腐らずに努力して、だから成功したというところが受けると思っている。

 

 

対して、野村克也氏の教え子の古田敦也氏だけれど、こちらは発言は基本的には古田氏が野球界の名捕手として経験したことに基づいて、帰納的に導かれる結論を発言している傾向がある。

 

だから野村氏とは違って野球の技術的な話が多い。野球界にとってためになるのは精神論ではなく技術論。精神論なら野球をやっていなくても語れる。だからニュースのスポーツコーナーにおいて、解説として呼ばれるのは野村氏ではなくて古田氏だ。野球の話が聞きたいのに精神論しか話さない解説を連れてくるプロデューサーはいない。

 

たぶん今の若者には古田型の発言しか響かないだろう。個人の意見が核をなしている野村型の発言には根拠がない。根拠がない発言を簡単には信頼しなくなっている時代になっている。一昔前ならば根拠がなくても聞く人は多かったけれども、今はもう変化している。